『社会保障と財政の危機』鈴木亘 (c)2020/11

本書を読むと、日本は将来世代にツケを回すことを改めることのできない国なんだなぁと思ってしまった。
まず、はじめに、ここでの記述は本書だけに依拠したものであり、本書の読解でもミスや誤解があるかもしれないことを断っておきたい。

本書では、コロナ禍での

と幅広いテーマが扱われているが、ここでは年金問題に関してだけメモしておく。

年金改革はどうだったのか

年金改革の手段には、以下のものがある。

  1. 現役層が負担する保険料の引き上げ
  2. 高齢者の年金カット

投票率の高い高齢者の影響力は強く、今まで(1)が選択されて続けてきた。
しかし、もはや限界だ。「保険料を引き上げ続けることは、もう止めよう!」と、保険料水準固定方式の導入された。

2004年の年金改革の柱は以下の4つである。

保険料水準固定方式の導入
将来にわたって保険料を引き上げ続けることを止める。
マクロ経済スライドの導入
約20年間で、2割程度の年金カット
基礎年金国庫負担割合の1/3から1/2への引き上げ
基礎年金への税金投入の増額
無限均衡方式から有限均衡方式への変更
積立金の早期取り崩し

さて、改革の成果はどうだったのだろうか?
5年ごとに「財政検証」という、年金財政の「健康診断」が行われるが、2004年の100年安心プランの経済前提

  • 積立金の運用利回り3.2%
  • 賃金上昇率2.1%
  • 物価上昇率1.0%

といった希望的観測、バラ色のシナリオに基づいて財政計画を立ててしまうので、5年後の「健康診断」でも相変わらず悪い結果が出てしまうのである。
このご時世、運用利回り3.2%の安全な金融商品があったら教えてほしい。
安定運用を前提として平均でこれだけの利回りをたたき出すのは、優秀なファンドマネージャーでも難しいだろう。

この教訓を踏まえて現実的な経済前提のもとで財政計画を立てるようになったのだろうか?否である。より楽観的な前提になっていた。
p160

2009年 2014年 2019年
積立金運用利回り 4.1% 4.2% 4.0%
賃金上昇率 2.5% 2.5% 2.3%
物価上昇率 1.0% 1.2% 1.2%

100年先まで4.1%で運用できる前提は、「粉飾決算」と言うべき行為である。
でも、まあ、ここでは「【不適切】財政検証」と穏やかに言っておこう。

厚生労働省の見解

「いっしょに検証!公的年金」を見てみよう。
https://www.mhlw.go.jp/nenkinkenshou/

これらの意見の中には誤解もありますが、そもそも公的年金制度は、現役世代が受給世代を扶養する「世代間扶養」の仕組みのもとで運営されている、社会保障制度です。本来、個人や世代の差による損得を論じる性質のものではありません。

公的年金の価値は【安心】にあることに異論はないが、財政的に持続可能とは思えないような運用が行われている状況での【安心】は画餅に過ぎない。
本来、社会保障制度である公的年金生活保護のような生活を保障する「福祉」と受け止めている、誤解している国民も多いのではないだろうか。
実際、厚生年金も受給できる人は現実として生活を保障できる金額を受け取ることができているので、「誤解」は仕方ないことかもしれないが、
公的年金だけでは生活できない人には、生活保護という最終的セーフティネットがあることを理解してもらう必要がある。
あとは、年齢で差別されない労働市場が存在する必要がある。
法で企業に雇用を強制しなくても、能力のある高齢者は何歳までも働ける労働市場のある社会でなければならない。
しかし、現実としては、終身雇用、年功賃金の慣行が長く続いた日本の労働市場流動性に欠け、求人では「何歳まで」という条件が「当然」のごとく付いてくる。
少々、労働市場改革に脱線してしまったが、要するに社会保障制度はバラ色の前提ではなく現実的な前提のもとで運用しましょうということである。

年金カット先送りは世代間不公平

年金会計のバランスシート(貸借対照表)を見てみよう。

保険料(1670)+国庫負担(520)+積立金(210)=過去債務(1320)+将来債務(1080)
※単位は兆円。

過去債務
これまで支払った保険料に対応する年金給付
将来債務
これから支払う保険料に対応した年金給付

「積立金」を右辺へ、「将来債務」を左辺へ移項させると、

保険料(1670)+国庫負担(520)ー将来債務(1080)=過去債務(1320)ー積立金(210)

右辺は「年金純債務」と呼ばれる。
要するに現在の高齢者の「もらい得」である。
現在(2019年)、1110兆円である。

宇宙も膨張しているらしいが、実は、この「年金純債務」も膨張している。
p170

年金純債務額の推移
年金純債務額
2004 690
2009 800
2014 980
2019 1110

宇宙がなぜ膨張しているのかは知らないが、年金純債務が膨張しているのは、年金カットが予定通り進まず先送りされているからだ。
「2024年の記録更新に乞うご期待」などと、つい冷笑的に言いたくなってしまう。
※「マクロ経済スライド」がデフレ下で機能せず、年金カットが予定通り進まなかった状況について本書を参照してほしい。

理不尽なのは、まだ投票権をもっていない子供たちや、まだ生まれていない将来の日本人たちに、もっとも過酷な負担を強いることである。

将来世代にツケを回す行為はもうやめよう。