『コールダー・ウォー』マリン・カツサ(著)、渡辺惣樹(訳)

ドル覇権を崩壊させるプーチンの資源戦争は"The Colder War"(邦訳では「超冷戦」)と呼ばれる。

金本位制の下ではドルは金と兌換できることが価値の担保であったが、金本位制廃止後はドルは石油を購入できること、或いはエネルギー資源取引の標準通貨であることで価値が担保されてきた。サウジアラビアなどの湾岸諸国は石油などをドル建てでのみで取引することによって国家の生存が保証されているが、このドル覇権に対してエネルギー資源を戦略武器とした「超冷戦」が始まっている。
米国で上梓されたら、たちまち「ニューヨーク・タイムズ」紙でのベストセラーに載ったらしく、アマゾンでの読者書評も高評価がほとんどだったという(「訳者あとがき」による)から米国では相当、評判になった書籍なのだろう。

そんな本書の骨子から見ると傍流的な箇所かもしれないが、東日本大震災から10年ということもあり以下の箇所(p178)を引用したい。

(2011年に)モンゴル政府は米日両国と「核燃料リース契約」の秘密交渉に入っていたのである。その契約ではモンゴル政府が核燃料を米日両国に輸出し、使用済み核燃料もモンゴルが引き取ることになっていた。
この交渉には米国政府が深く関与していた。米日両国にとって、供給と廃棄の問題の道筋がつけられる魅力的なプロジェクトだった。
モンゴルにとっても魅力があった。使用済み核燃料を確実に引き取る(ごみ処理担当)ことで、同国産ウランの販売に弾みをつけることができる。かつて牛乳配達員(ミルクマン)はミルクを届け、空き瓶は引き取っていた。モンゴルはウラン燃料のミルクマンになろうと考えた。モンゴルは世界のウラン市場に独立系サプライヤーとして華々しいデビューを飾ろうとしたのである。

結局、この交渉は打ち切られることになるが、もし実現していたら日本の原子力発電政策も大きく変わっていたかもしれない。地層処理の場所が決まっている国はフィンランドしかなく、広大な国土を持つ国でもまだ決まっていない。まして大陸プレートが衝突するような場所に位置する列島では地層処理は不可能でると考えた方がよく、プレートの上に乗る地層処理が可能な国に対価を支払って処理してもらう方が現実的である。現状では、「原則」としては使用済み核燃料は輸出できないようだが特例措置をとればよいだけの話だ。地震に対する安全性の基準を達成できても廃棄は当面糊塗することはできても将来には必ず遭遇する問題なので悩ましい限りである。日本にとってエネルギー安全保障は永遠の課題なのかもしれない。

本書ではペトロダラーシステムは「いつ崩壊するかの段階に入っている」と分析されているが、訳者が宮崎正弘氏との対談を書籍にし、2020年に出版された

『戦後支配の正体 1945-2020』宮崎正弘、渡辺惣樹

のp123に「ペトロダラーシステムは当面盤石です。」と発言していた箇所があったので参考まで引用しておく。

世界経済が拡大すればするほどドルに対する需要は上がってくる。アメリカはこのシステムがあるからこそ世界最強の地位を保てているのです。この体制を物理的に担保しているのが世界最強の軍隊です。アメリカはトランプ政権でエネルギー政策を一八〇度転換し、今ではエネルギー大国です。ペトロダラーシステムは当面盤石です。

ドル基軸通貨体制は「当面」は大丈夫そうなので、少し安心した。なるべく混乱はない方がよいが、リーマンショックのような金融危機は再び起こるのかもしれない。

邦訳書では「日本語版のための最終章」という原書が出版された後にルーブルと金が大きく減価したことについて考察した章が加筆されており、ペトロダラーシステムは当面盤石であるにせよ現在進行している「超冷戦」について知る上で参考になる本である。

※前回の投稿からだいぶ日にちがたってしまったので、ペナルティが課される前につなぎ・・・